蒲公英日記

自閉症の青年のお話です。

山田百穂さん再び

今日、突然東京の新聞社の記者の方が、息子の利用する富山型デイサービスを介して我が家にやってきました。
何でも偶然私のブログを見つけ、始めに富山型デイを訪問し、そこから私を教えてもらったのだそうです。
私はまた、前回のように「直B問題」に直面している当事者を紹介してほしいといった仲介人の依頼かと思いましたら、本当に私への取材だったので二度ビックリしました。
既に亡くなって10年以上が経つ山田百穂さんについて聞かせてほしいと言うのです。
本当ならば本人に直接取材をしたかったのだけれど、亡くなってしまったので関係者に話を聞いているとのことでした。
私は全く知らなかったのですが、52年前の東京パラリンピック開催の折に、山田さんは千羽鶴を寄贈しておられるのです。
あのわずかに動く左手で鶴を折っていたなんて驚きです。
記者の方に52年前の新聞記事を見せてもらいました。
千羽鶴に囲まれた若き日の山田百穂さんが写っています。
そんな偉業を成し遂げていたなんて、知っていたら私たちはもっと山田さんを称えていたことでしょう。
とても残念な気持ちになりました。
私は思います。
山田さんはパラリンピックに出場したかったのではないでしょうか?
もし、あの頃からボッチャ競技があったならば、きっと山田さんは最重度のBー1クラスで日本のエースになっていたことでしょう。
ご存命なら、藤井友里子選手の良きライバルとして、或いは厳しいコーチになっていたかもしれません。
取材を受けながら、そんなことをイメージしていました。
やっぱり4年後の東京パラリンピックでボッチャの応援に行こう!
2016年の現在でも、山田さんの思いが生き続けていることに衝撃を覚え、またその思いを絶やさぬようにしていきたいと思いました。